現代科学にはいくつもの未解決問題がある。そのひとつが「心はどうやって生れるのか?」という問題だ。心はどこにあるかについては、脳だという人がいれば、心臓だという人もいる。その問いかけの前に「心とは何か?」という問題がある。意識なのか感情なのか、意志のことか思考のことか?
古代ギリシャ哲学~デカルト哲学
そうした問いかけに的確に答えることはできない。ましてや「どこから生れるのか」については考えも及ばない。科学よりも哲学とか宗教が扱う問題だと考えるほうが一般的かもしれない。歴史的には、古くはプラトン(BC427-BC347)が「ティマイオス」(ピタゴラス学派の音楽観、宇宙観、数学観に沿って世界の仕組みをプラトンなりに解説した作品)のなかで考察している。心とは、理性・感情・欲望のことだという。
アリストテレス(BC384-BC322)は、「動物部分論」のなかで"心の座"は「心臓」にあり!という。 これに対し、17世紀のデカルト(1596-1650)は、"心の座"は「脳」にあり!といい、心と脳は同じではないと論じた。 心は、脳の中の松果体にあると考えたそうだ。松果体のなかにいるホムンクルス(ラテン語:Homunculus 小人の意味)が思考や意志を操っているそうだ。しかし、その小人の心はどこにあるのかという疑問が生じる。これをホムンクルス問題と呼ぶ。
20世紀の研究
現代の研究者たちは、「心は脳でつくられる!」と考えている。1983年のリベットの実験で、手が動く動作の前に「手を動かそう」という意志があるが、その意志を持つ前に脳のある部位が活発に活動していることが分かった。それが「補足運動野」である。
その10年後にヘインズが行った実験では、補足運動野の前に「BA10」という部位が活発に動いていることが分かった。BA10が補足運動野に働きかけ、補足運動野が意志を生み、実際の行動につながるのではないかと考えられた。
しかし、これではBA10に働きかけているモノは何か?という疑問を生み、デカルトがぶちあたったホムンクルス問題と同じである。翌年(2009年)にシリグが、外から弱い電気信号を脳に与えると、体を動かしたい、話したいといった意志が生れることを実験で明らかにした。刺激を与えたのは「前頭葉」だった。
これらのことから、脳のいくつかの部位がお互いに複雑につながりあって意志を生み出しているのではないかと考えられるようになった。しかし、互いの関係性は未知であり、謎は深まる。
心を人工的につくれるか?
これまでは、心はどこにあるのか、心はどこでどのように生れるのかについて研究されてきた。21世紀になって脳科学が飛躍的に進歩したが、古代からの難題である心の問題は謎に包まれたままである。最近は、どこで生れるのかを探すのではなく、「心は人工的につくれるのか」という課題に挑む研究もなされている。
神経科学者の金井良太さんは、脳科学の知見と人工知能の技術を組み合わせて、心を持った人工知能の開発に挑んでいる。金井さんが行った興味深いAIの試作実験がある。どういうふうに機能を組み合わせたら心が生れるのか、それをコンピュータの上でプログラムで書いてみようという新しいアプローチである。
心をつくることができたとすれば、そのプロセスをみれば心がどうやって生れたのかが分かるというわけだ。人間の脳では、どの部位がないと意志が生れないということを実証するのは難しいが、コンピュータの中(プログラム)ではいろんなパターンを試して、実際に何がきっかけで心が生れてくるのかを研究することができる。
心をつくる研究
人類初の試みで、ようやくその取っ掛かりが見えてきた段階である。これまでの人口知能は、過去の知見データを記憶し、命令を与えながら答え(最適解)を探すものである。将棋やチェスを指すロボットも、歩くロボットも基本的な方法は同じである。将棋の必勝法を考えろといった具体的な命令がなければ動作しないプログラムである。
しかし、金井さんが開発しているのは違う。谷の中にいるトロッコが人工知能で、どうやったら谷から抜け出るかを考える。ポイントは「高いところに行く方法を考えろ」といった命令を一切していないことである。これまでの人工知能では、命令が与えられていないため動き出すことさえできない。
トロッコは自ら前後に、動き出し試行錯誤を始める。やがて、反動をつけるとさらに高いところに行けることを発見する。そして谷を出てしまう。自らもっと高いところへ行こうとする意志を生み出しているのではないかと考えられる。
自分が置かれた環境がどういうものであるかを探して理解しようとしている。これを「人工意識」と呼んでいる。
統合情報理論
心を人工的につくる研究を飛躍的に高める理論がある。心のなかでも"意識"にかかわる理論で、「統合情報理論」(integrated information theory)と呼ばれる。精神科医、神経科学者であるジュリオ・トノーニによって2004年に提唱された意識の発生を説明する理論である。
意識の量は、神経細胞の数とそれらのつながりの複雑さで決められるという。Φファイ理論ともいう。
このような、つながりを数学的に表現する理論が進歩し、従来のAIのように命令を与えなくても自動的に試行錯誤を始め、解決する方法(プログラム)が開発されている。
〔参考資料〕
- 意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論 -
2015/5/26 ジュリオ・トノーニ , マルチェッロ・マッスィミーニ、花本 知子 (翻訳) - Phi: A Voyage from the Brain to the Soul
Aug 7, 2012 by Giulio Tononi - The Neurology of Consciousness: Cognitive Neuroscience and Neuropathology
Oct 22, 2008 by Steven Laureys and Giulio Tononi - 現れる存在―脳と身体と世界の再統合
2012/11/9 アンディ・クラーク (著), 池上 高志 (監訳), 森本 元太郎 (監訳) - Integrated information theory、Wikipedia
- 個性のわかる脳科学 (岩波科学ライブラリー171) - 2010/6/9 金井 良太 (著)
- 脳と意識の最先端を目指そう - 金井 良太ブログ
- アラヤ・ブレイン・イメージング (VC設立2013年12月)